知っているようで意外と知られていない「飯寿司(いずし)のリスク」。北海道や東北のご出身・ご在住の方なら、お正月やお祝いの席でおなじみの発酵食品ですよね。「発酵食品だから体にいいはず」「乳酸菌があるなら大丈夫かな」……そんなふうに思っていたとしたら、少しだけ立ち止まって読んでほしいことがあります。
妊娠中の飯寿司には、一般的な生寿司とはまた少し異なる注意点が潜んでいるからです。この記事を読めば、飯寿司とはどんな食べ物なのか、妊娠中にどんなリスクがあるのか、食べてしまったときにどうすればいいのかが、すっきりわかります。
飯寿司(いずし)ってどんな食べ物?基本をおさえよう
飯寿司という言葉を初めて聞く方も、意外と詳しくは知らないという方も、まずはこの食べ物の正体をしっかり理解しておきましょう。発酵の仕組みがわかると、なぜ妊娠中に注意が必要なのかも自然に見えてきます。
飯寿司はどうやって作られるのか
飯寿司とは、北海道や東北の沿岸部に古くから伝わる郷土料理で、「なれずし」の一種です。ひとことで言えば、魚・野菜・米・米麹をいっしょに漬け込んで、じっくり発酵させた保存食。ヨーグルトやキムチと同じ「乳酸発酵食品」のなかまです。
使われる魚は地域によってさまざまで、鮭・ニシン・ホッケ・ハタハタ・サンマなどが代表的。大根・にんじん・キャベツ・しょうがといった野菜と一緒に、杉樽や漬物容器にミルフィーユ状に重ねて漬け込み、重石をのせて40日ほどかけてゆっくりと熟成させます。気温が低い冬だからこそできる発酵で、晩秋に仕込んでお正月頃に食べるのが昔ながらのスタイルです。
お酢の酸とは違うまろやかさ、そして米の甘みと魚の旨みがとろりと溶け合う感じは、一度食べたら忘れられないと言う方も多いはず。北海道や東北に親戚のいる方なら、お正月に大きな樽ごと出してもらった思い出がある方もいるかもしれません。
乳酸菌の働きと発酵のしくみ
飯寿司の発酵を担うのは、おもに米麹や野菜に含まれる乳酸菌です。乳酸菌は糖を分解して乳酸をつくり出し、樽の中の環境をだんだん酸性に変えていきます。酸性の環境では多くの雑菌が繁殖しにくくなるため、冷蔵庫のなかった時代でも魚を長期保存できる知恵として受け継がれてきたわけです。
「乳酸菌が豊富なら腸にいいのでは?」と思うのは自然なことですよね。ヨーグルトやキムチと同じ乳酸発酵食品ですから、腸内環境を整える働きが期待できるのは確かです。ただし、妊娠中に問題になるのは「乳酸菌そのもの」ではなく、発酵前に使われている生魚の状態と、発酵環境で生き残れる別の菌の存在。この点が、飯寿司を妊娠中に食べるときの大きなポイントになります。
乳酸発酵が正常に進んだ飯寿司は、酸性環境のおかげで一定の保存性を持ちます。しかし後ほど詳しくお伝えしますが、特定の菌は酸性や低温の環境でも生き残ることができるのです。「発酵食品だから安心」というイメージは、妊娠中に限っては少し書き換えが必要かもしれません。
飯寿司は生魚?それとも加工食品?
ここが飯寿司を理解するうえでもっとも大切なポイントです。飯寿司は加熱をせずに作られます。魚は一度塩漬けにしてから塩抜きをして使いますが、火を通す工程はありません。乳酸発酵によって酸性環境に置かれますが、加熱処理はされていないため、実質的には「生魚を発酵させた食品」という位置づけになります。
酢で締めるしめ鯖や、炙っただけの握り寿司と同じく、加熱による殺菌が行われていないという点では「生魚リスク」が残ります。発酵の酸がある程度の雑菌を抑えてくれるとはいえ、妊娠中は特定の菌に対して通常より何倍も感染しやすい状態になっているため、この「生魚と同等のリスク」を無視することができないのです。
一般的に市販されている飯寿司も、基本的には非加熱。食べる直前に軽く炙るスタイルもありますが、中心部まで完全に火が通っているかどうかは別の話です。どんなに丁寧に発酵させた飯寿司でも、妊娠中には慎重に扱う必要がある理由がここにあります。
妊娠中に飯寿司を食べるリスクとは
飯寿司の正体がわかったところで、いよいよ妊娠中のリスクについて具体的に見ていきましょう。怖がらせたいわけではなく、正しく知ることで冷静に対処できるようになります。
リステリア菌への感染リスク
妊娠中に生魚を避けるよう言われる最大の理由のひとつが、リステリア菌による食中毒です。リステリア菌は、河川や土壌など自然界に広く存在する細菌で、魚介類・生肉・乳製品などに潜んでいることがあります。健康な成人が感染しても無症状か軽い胃腸炎で済むことがほとんどですが、妊娠中はリステリア菌に感染しやすく、その感染のしやすさは非妊娠時の約17倍とも言われています。
感染したときの症状は38〜39℃の発熱、頭痛、嘔吐など、インフルエンザに似た症状が多いため「ただの風邪かな」と気づかれにくいのもやっかいなところ。問題は、リステリア菌が胎盤を通って赤ちゃんにまで届いてしまう可能性があることです。そうなると流産・早産・死産につながったり、生まれてきた赤ちゃんに髄膜炎などの重篤な影響が出たりするリスクがあると、厚生労働省も注意喚起しています。
飯寿司の乳酸発酵が作り出す酸性環境は、リステリア菌の増殖をある程度抑制する効果はあるとされています。ただし、完全に無力化できるわけではなく、飯寿司の原材料となる魚介類にリステリア菌が付着していた場合、発酵後も生き残る可能性をゼロにはできません。市販品であっても自家製であっても、この点は同様です。
ボツリヌス菌という特別なリスク
飯寿司には、一般的な生魚寿司にはあまり語られない、もうひとつの注意点があります。それがボツリヌス菌です。ボツリヌス菌は土壌・河川・海など自然界に広く分布していて、魚介類に付着していることがあります。そして酸素が少ない密閉状態で増殖し、強力な神経毒を産生するのが特徴です。
発酵食品・缶詰・真空パック食品が原因となることで知られていて、過去に飯寿司(いずし)やなれずし、アユのいずしによるボツリヌス食中毒の事例が日本でも報告されています。症状は倦怠感・めまい・視力障害・嚥下困難・呼吸困難など、非常に深刻なものとなることがあります。ボツリヌス菌が産生する毒素は、自然界に存在する毒素のなかで最強クラスの毒力があるとされています。
ボツリヌス菌の毒素は80℃・30分間の加熱で失活しますが、菌の芽胞を死滅させるには120℃・4分以上の加熱が必要とされています。食べる前にしっかり加熱すれば毒素のリスクは大幅に下がりますが、生のまま食べるのが飯寿司の一般的なスタイルであることを考えると、妊娠中は特に注意が必要です。
飯寿司の食中毒リスクまとめ
少し情報が多くなったので、ここで整理しておきましょう。飯寿司に関する妊娠中のリスクを表にまとめました。
| 菌・リスクの種類 | 特徴 | 妊娠中への影響 |
|---|---|---|
| リステリア菌 | 低温・塩分にも強く冷蔵庫内でも増殖 | 流産・早産・死産、新生児への影響リスク |
| ボツリヌス菌 | 低酸素環境で増殖・強力な神経毒を産生 | 嘔吐・呼吸困難など重篤な症状のリスク |
| アニサキス(寄生虫) | 生魚の内臓に寄生・激しい腹痛を引き起こす | 強い腹痛から子宮収縮・早産につながる可能性 |
| 腸炎ビブリオ菌 | 夏季に増殖しやすい・生の魚介類が感染源 | 下痢・腹痛から脱水・子宮収縮リスク |
これらのリスクが重なっているのが飯寿司の特徴です。一般的な握り寿司と比べても、密閉・嫌気状態での発酵という工程があるぶん、ボツリヌス菌のリスクが加わる点が独自の注意点。「発酵しているから大丈夫」ではなく、「発酵しているからこそ特有のリスクがある」と覚えておいてほしいのです。
さらにもうひとつ見落とされがちなのが、飯寿司に使われる魚の種類によっては水銀含有量の問題も関係してくるということ。鮭やニシン・ホッケなど飯寿司に使われることの多い魚は、大型魚に比べて水銀蓄積量は少ない傾向にあります。しかし、そもそも生魚の状態のまま発酵させるという製法の時点で、妊娠中はまず「生魚リスク」が前面に来るため、水銀以前の問題として避けることが推奨されます。このように、複合的なリスクを抱えているのが飯寿司という食品の妊娠中における位置づけです。一度まるごとリスクを理解しておくと、義実家の食卓でも自分なりの判断軸を持って対応できるようになります。
飯寿司を食べてしまったとき、どうすればいい?
「気づかずに食べてしまった」「義実家でどうしても断れなかった」……そんな状況もあると思います。知識があれば、食べてしまったあとも必要以上に不安を抱えずに済みます。
少量食べてしまったときの対処法
「飯寿司を少し食べてしまった」ことに気づいて、頭が真っ白になってしまった方も大丈夫です。まず深呼吸して、落ち着いて読んでみてください。
妊娠中に一度や二度、少量の生魚系の食品を口にしてしまったからといって、それだけで赤ちゃんに確実に影響が出るわけではありません。リステリア菌やボツリヌス菌の感染は確率の問題であり、口にしたすべての人が食中毒になるわけではないのです。大切なのは「食べてしまったこと」を自分責めすることではなく、その後の症状をしっかり観察すること。
食べた後の数日間、次のような症状が出た場合はすぐにかかりつけの産婦人科に連絡してください。発熱(38℃以上)・頭痛・筋肉痛・嘔吐・激しい腹痛・下痢・めまいや視力の異常がその目安です。特に腸炎ビブリオやアニサキスによる激しい腹痛は、子宮収縮につながる可能性があるため、少しでもおかしいと感じたら迷わず受診してほしいところです。
ボツリヌス菌の毒素による症状は、食べてから8〜36時間後に出やすいとされています。嚥下困難(飲み込みにくい)・視力の二重化・脱力感・呼吸困難などが出た場合は、非常に緊急性の高いサインです。すぐに救急に連絡してください。重篤な症状は稀ですが、念のため知っておいてほしい情報です。
食べたい気持ちとどう向き合うか
お正月やお祝いの席で飯寿司が出てきて、断りにくかった経験をしたことはないでしょうか。地域によってはお正月の定番料理ですし、義両親や親族への配慮もあって「少しくらいなら……」と口にしてしまうこともあるかもしれません。
そのときの気持ちは、誰にでも理解できます。食べたい気持ちも、断れなかった気持ちも、責めなくていいのです。ただ、次回からは「産婦人科から生魚・発酵魚は控えるように言われているので」とひとこと添えるだけで、ほとんどの場面では穏やかに断ることができます。「お医者さんの指示」という言葉は、周囲もすんなり受け入れてくれることが多いもの。
飯寿司の代わりに楽しめるものも、ちゃんとあります。たとえば飯寿司の雰囲気を楽しみたいなら、酢飯にしっかり加熱した鮭や蒸しホタテを合わせた手巻き風のものや、加熱済みの魚を使ったちらし寿司なら、見た目も食べ応えも近いものを楽しめます。妊娠中のお正月も、工夫次第でごちそうをしっかり楽しめますよ。
妊娠中に安心して食べられる発酵食品とは
「発酵食品が食べたい」という気持ちは、腸内環境を整えたい、乳酸菌を取り入れたいという健康意識の表れでもありますよね。飯寿司を我慢することになっても、妊娠中に積極的に取り入れられる発酵食品はたくさんあります。
加熱殺菌されたヨーグルト、味噌、醤油、納豆、酒粕(加熱調理のもの)、プロセスチーズなどは妊娠中でも基本的に安心して取り入れられます。特に味噌汁はカルシウムや鉄分を含む具材と組み合わせれば、妊娠中に不足しがちな栄養を補うのにも役立ちます。毎日の食事のなかに、安全な発酵食品をこつこつ取り入れていくことが、腸内環境を整える近道です。
まとめ
飯寿司は北海道・東北に伝わる伝統的な発酵保存食で、乳酸菌を含む魅力的な郷土料理です。ただし、加熱処理がされていない生魚を使った発酵食品であるため、妊娠中は基本的に避けることをおすすめします。
理由は主に三つ。ひとつは、リステリア菌が低温・塩分環境でも生き残り、胎盤を通じて赤ちゃんに影響を与える可能性があること。ふたつめは、密閉された嫌気性環境で発酵する飯寿司に特有のボツリヌス菌リスクがあること。そしてみっつめは、生魚に含まれるアニサキスや腸炎ビブリオのリスクも残ること。
万が一、食べてしまった場合は自分を責めず、その後の体調をよく観察して、発熱・激しい腹痛・嘔吐・視力異常・呼吸困難などの症状が出た場合は迷わず医療機関に連絡してください。症状がなければ過度に心配せず、次の健診で医師に相談するとよいでしょう。
乳酸菌・発酵食品を取り入れたいなら、妊娠中でも安心なヨーグルト・味噌・納豆・プロセスチーズなどで腸活を続けてください。妊娠中の食事制限は、赤ちゃんへの愛情のひとつ。産後には大好きな飯寿司を思いきり楽しんでほしいと思います。
妊娠サポートナビ.comには妊娠中の食事や食べ物に関する記事もたくさんあります。ぜひ他の記事も読んでみてくださいね。
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